常にゼロの地点

たぶん平常心

常にゼロの地点

これまでも、おそらくこれからも変わらないであろう私のひとつの生き方があります。

それは、平常心でいること。

真ん中とはどこか

はしゃがない、落ち込みもしない。興奮しすぎない、冷静になりすぎもしない。幸せをとらえすぎない、不幸とも思いすぎない。と、このように常に真ん中にいることを心がけています。

なぜ真ん中に

ひとそれぞれ考え方の傾向が異なり、わたしは落ち込みにくくはしゃぎやすい傾向があります(人によっては逆の方やどちらでもない方などさまざま)。これまでの経験からはしゃぎすぎると後で落ち込むことが待っていることが多々ありました。実際には多くはないのかもしれませんが印象に強く残っています。それを繰り返し繰り返し経験してきた結果、常に真ん中にいることが、精神が一番穏やかにいられることと感じるようになりました。

落ち込みたくないという気持ちがとても強く出た結果なのだと思います。

実生活での変化

実生活でどのように変化したかというと、なにかとてもうれしいことがあったとしても、そこまで喜びすぎない、油断しない、気をつけながら喜ぶ、期待しすぎない、気持ちのたかぶりはそこそこにしておく、余計に言葉にしない。といった気持ちや行動に変わるようになりました。

客観的に見ると素直に喜ばず気持ちを押し殺して自然な姿ではないように思えるかもしれません。実際そうなのかもしれません。

得たもの

代わりに得たものがあります。多くの場面で大きな期待や油断をしないことから落差のある落ち込みというものがなくなります。そのため常に精神状態は、「平常心〜ややうれしい」の間を行き来する状態が多くなりした。

仕事につながる

仕事をする上で最大限の力を発揮しなければいけない時に、精神が不安定な状態で望んではいけません。日常の多くの時間は仕事をしています。都合よく仕事の時に平常心に戻すほど人間は器用にはできていません。それならば常に平常心でいることが常に最大限の力を発揮する方法のひとつだと今になって思います。わたしはこのバランスが気に入っています。

ややうれしいが多く詰まった生活の中で責任と適度な緊張感を持ったメリハリが人間としての血の巡りをよくさせる生き方なのだと感じます。

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